アプリケーションノート 6506

なぜSIMPLISはSPICEよりも電源回路に適しているか

筆者: Brooks Robert Leman and Erin Mannas

要約: 電源回路はシミュレーションが難題ですが、シミュレーションは生産段階で設計が動作することの確保に役立つ必須の方法です。最終的に、シミュレーションは時間と資金の節約にもなります。このアプリケーションノートは、SIMPLISとSPICEの2つの電源シミュレーションエンジンを比較し、SIMPLISが結論的に電源回路用のより効果的なオプションである理由を示します。

はじめに

生産段階で設計が適切に動作する確率を大幅に高めるために、ほとんどのエンジニアはシミュレーションを利用します。シミュレーションは設計がどのように機能するかの評価を提供し、設計工程の時間を節約して、最終的にはコスト削減につながります。結局のところ、PCBの再設計と修正は高コストの作業です。基板の設計、ラボでのテスト、デバッグ、再設計を、設計が適正になるまで何度も繰り返すのが普通だった頃のことを覚えていますか?多くの場合、この方法は製品の発表を遅らせることになりました。さらに悪いことに、製品がお客様に出荷される前にすべての問題が発見されないこともありました。

しかし、パワーマネージメントのエンジニアは自分たちの工程にシミュレーションを取り入れるのが遅れました。比較として、半導体業界は最初のウェハを製造する前にICの設計を完全にシミュレーションすることによってのみ成功を収めることができることに数十年前から気付いていました。たとえばマキシムは、「ファーストシリコン」で生産に入るICの数をシミュレーション成功の尺度にしています。電源およびコンバータは、シミュレーションが難しいことで有名です。しかも、IC用に最適化されたシミュレーションソリューションは、必ずしも電力変換のシミュレーションに最適なツールではありません。

以上を踏まえた上で、電源回路用に登場したシミュレーションエンジンには、SIMPLISとSPICEの2つがあります。このアプリケーションノートではこの2つを比較し、SIMPLISエンジンの方が電源設計により効果的である理由を解説します。

あなたのパワーコンバータ設計はどれくらい健全か?

人間の全体的な健康状態の概要を提供する医療バイタルサインと同じように、パワーコンバータ設計の健全度と堅牢性を実証するための一連の「バイタルサイン」テストがあります。マキシムのEE-Sim®デザイン生成およびシミュレーション環境は、業界の慣例をベースとして、これらのテストを以下のように定義しています。

  1. 負荷ステップ
  2. ACループ
  3. 安定状態
  4. 入力急変
  5. 起動
  6. 効率

人間の健康に例えた場合の患者の心拍と同様に、負荷ステップはパワーコンバータ設計を評価する上で間違いなく最も重要なバイタルサインです。人間の心拍が運動で変化するように、パワーコンバータの出力電圧は負荷電流の変化による影響を受けたときに変化します。負荷ステップシミュレーションは、出力電圧がどれくらい変化し、どれくらい素早く復帰するかを測定します。フィードバック回路が適切に設計されていない場合、さまざまなことが起こります。たとえば、コンバータの過大なオーバーシュートまたはアンダーシュート、過度のリンギング、遅すぎる回復、あるいは発振に陥るなどの可能性があります。訓練された観察眼のあるエンジニアは、負荷ステップ過渡応答グラフを調べることによって制御ループの有効性を質的に判断することができます。制御ループの「健全度」のより完全な表現には、ACループ解析が使用されます。

ACループ解析は、周波数領域で制御ループを観察し、制御ループの帯域幅および位相マージンの直接測定を可能にします(人間の健康の例に戻ると、このステップは患者の血圧を計るのに似ています)。AC解析は小信号、ボーデ、または周波数応答解析とも呼ばれ、一般的にはラボには置かれていない特殊な機器を必要とします(例としては、AP Instruments AP300、Omicron Bode 100、またはAgilent 4194Aまたは4195Aなど)。ボーデアナライザが利用可能な場合、この装置は信号を制御ループに注入し、ループ内のさまざまなポイントで信号を測定して、2つの信号間の利得および位相シフトを確定します。周波数範囲にわたって信号がスイープされたあと、利得および位相応答が対数目盛上にプロットされます。この解析はラボでは利用可能ではない場合が多いため、この解析のシミュレーションは特に有益です。

スイッチモード電力変換の場合、安定状態解析というのは自己矛盾と言えるかもしれません。平衡解析という方が適切な表現です。コンバータが平衡状態では、すべてのスイッチングサイクルは他のすべてのスイッチングサイクルと同じように見えます(人間の健康との類推では、患者の呼吸数に似ています)。同一ではないサイクルは、コンバータが発振していることを示す可能性があります。負荷ステップテスト時に、ズームインで負荷ステップ間の波形をより詳細に調べることによって、安定状態動作を実際に観察することができます。個別の安定状態解析を使用するのは、実際には単に便利だからです。

制御ループを乱してその回復を観察するもう1つの方法は、入力急変によるものです。出力電圧を観察しながら、入力電圧を2つの値の間で急速にステップします。一部のアプリケーション(オーディオなど)は入力急変性能に特に敏感です。しかし、ほとんどの場合、このテストは負荷ステップほど重要ではありません。

起動は、入力電圧が最初に印加されたとき(またはイネーブル端子がアサートされたとき)明確に何が起きるかを調べます。安定化された値に到達するとき、出力電圧は比較的ゆっくりとスムーズに増加し、オーバーシュートはほとんどあるいはまったくないはずです。通常は、パワーコンバータを最初にオンにする前に、負荷ステップ、ACループ、さらに起動をシミュレートすることによって制御システムの健全度を検証してからラボに向かいます。

効率解析はコンバータの電力損失を確定し、それは部品の温度上昇の予測につながります(ちょうど患者の体温を測るようなものです)。高い損失は低い効率を意味し、過剰な熱を発生する設計であることを示します。コンバータが発振していると、部品のストレスと電力損失が増大し、効率が低下します。

これらのテストが有益な指針を提供するためには、コンバータが安定状態で、発振していないことが必要です。制御システムの安定性と応答性を直接確定するテスト(負荷ステップおよびACループ解析)が最も重要なのはそのためです。

SIMPLISとSPICEはどう違うか?

次に、SIMPLISおよびSPICEエンジンについてさらに詳しく見ていきます。SIMPLIS (SIMulation of Piecewise Linear Systems)は1980年代に登場し、当初はスイッチモードパワーコンバータの高速モデル化用に作られました。現在はSIMPLIS Technologies社がエンジンを開発し所有しています。今日、SIMPLISは電力変換回路のシミュレーションおよび新しいICの定義解析用エンジンとして広く使用されています。SPICE (Simulation Program with Integrated Circuit Emphasis)は、1970年代にカリフォルニア大学バークレー校で開発されました。こちらは汎用の、オープンソースアナログ電子回路シミュレーションエンジンです。多くの人は、SPICE回路シミュレーションがトランジスタレベルで回路の動作を検証するための業界標準の方法だと考えています。

SIMPLISエンジンとSPICEエンジンを比較する最良の方法は、それぞれが最も重要な「バイタルサイン」電力変換テストをどのように扱うかを見ることです。実際にSIMPLISとSPICEの間には2つの大きな違いがあります。第1に、SIMPLISはSPICEよりも大幅に速く負荷ステップ解析を生成することが可能で、高精度の結果を10倍~50倍高速に得ることができます。

図1. ステップ負荷過渡応答(左)とAC解析ボーデ線図(右)の両方が、MAX17244同期整流バックコンバータのシミュレーション結果と測定結果の間で非常に優れた一致を示しています。ラボのデータを黒(VOUT、利得)と緑(電流ステップ、位相)で示し、シミュレーションデータを赤とオレンジで示しています。 図1. ステップ負荷過渡応答(左)とAC解析ボーデ線図(右)の両方が、MAX17244同期整流バックコンバータのシミュレーション結果と測定結果の間で非常に優れた一致を示しています。ラボのデータを黒(VOUT、利得)と緑(電流ステップ、位相)で示し、シミュレーションデータを赤とオレンジで示しています。

第2に、ACループ解析に必要な労力がSIMPLISではSPICEより1桁少なくなります。SPICEの場合、ACループ解析にかなりの量の追加の時間と注意が要求されます。それに対して、SIMPLISは高速時間領域シミュレーションの副産物としてACループ解析を提供するよう特別に設計されています。

ボーデ線図を描画するために、SPICEでは多くの特別な注意が必要になります。実際に、一部のユーザーはSPICEベースのACループ解析を完全に省略し、代わりに負荷ステップ過渡応答のみによって制御ループの堅牢性を推定しようとしています。しかし、これは患者の血圧測定を省略して、代わりに患者の心拍に頼るようなものです。

SPICEベースのACループ解析を実施するには、さまざまな方法があります。数種類のSPICE過渡時間領域シミュレーションを、それぞれ固有の正弦波信号源で実行することができます。その後、それぞれの結果に対して高速フーリエ変換(FFT)アルゴリズムを実行し 、すべての結果に後処理を行ってボーデ線図にします。しかし、これは非常に長い工程で、プロットするデータポイントの数によっては数時間かかる場合もあります。

SPICEでACループ解析を行うもう1つの方法は、スイッチングなしの「平均」または「小信号」モデルを作ることで、これはSPICE内でスイッチングありのSPICEモデルより高速に動作します。この電力変換小信号モデル化の問題は、数十年前に認識されていました。カリフォルニア工科大学とバージニア工科大学の研究者はこの問題を徹底的に分析し、小信号モデルの実用化に成功しました。それでも、2つの異なるSPICEモデルを相関させる必要があることには変わりません。

最後に、一部のエンジニアはSPICE/ボーデ線図問題を避けるために第2の演算エンジンを作ることを選んでいます。この方法では、ボーデ線図問題の解決にコードまたはExcelを使用し、SPICEは使いません。しかし、これは時間のかかる高コストな方法です。電源設計者にとって幸いなことに、今ではもっと良い解決策があります。

なぜSIMPLISの方が良い選択肢か?

元々その目的のために開発されたエンジンではなく、スイッチドモードICに対する欠点があるにも関わらず、多くのエンジニアは電源回路のシミュレーションにSPICEを使い続けています。SIMPLISはSPICEのように非線形方程式を解くのではなく、一連の線分を介してデバイスをモデル化するため、SIMPLISは同じレベルの精度でSPICEより10倍~50倍高速に動作します。その結果、SIMPLISはリニア回路トポロジの周期的シーケンスとして完全な回路の特性を表すことができます。SPICEはすべての電圧および電流を非常に高精度で細かい増分に分解するため、苦痛なほどに低速です。また、SPICEは平均モデルとスイッチングモデルをシミュレーションに使用する必要があるのに対し、SIMPLISは1つのモデルのみを使用します。

図2. MAX17244 SIMPLIS同期整流降圧コンバータ回路図 図2. MAX17244 SIMPLIS同期整流降圧コンバータ回路図

したがって、結論は簡潔です。SIMPLISは、SPICEレベルの精度を大幅に高速なタイムフレームで提供します。あなたはシミュレーション作業の泥沼にはまる代わりに、設計作業により多くのリソースを集中することができます。

このアプリケーションノートと同様の記事が、2017年9月20日にEDNに掲載されました。


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