アプリケーションノート 4595

高性能同時サンプリングADCを利用した高度な電力線監視のシステムコストの削減

筆者: Martin Mason

要約: 電力需要の高まりと省エネルギーの推進を背景に、世界で配電インフラストラクチャへの投資が増加しています。その結果、単相および多相のいずれのアプリケーションにおいても、高度な電力線監視システムが新しい「スマートグリッド」の重要な要素として注目を集めるようになりました。システムに要求される性能が厳しくなり続ける中、電力線監視やマルチチャネルSCADA (監視回路制御およびデータ収集)のシステムに、同時サンプリングが可能なマルチチャネル対応の高性能ADCを採用する動きが広がっています。

同様のアーティクルはマキシムの「エンジニアリングジャーナルvol. 67」 (PDF、5MB)にも掲載されました。

同様のアーティクルが2009年8月18日に「EDN Magazine」のウェブサイトに掲載されました。

はじめに

高度な電力線監視システムとは、電源監視、負荷バランス、保護、使用電力量測定の機能を1つのシステムにまとめたものです。このようなシステムとすると、電力会社が電力を効率良く送り、その電力を顧客が効率良く利用することができます。送配電を効率的にするだけでなく、高度な電力線監視システムには、メンテナンスが必要となる時期を予測する、障害を検出し対応する、動的な負荷バランスと省エネルギーの状況を記録し適切に実現する、配電状況を監視(および制御)する、機器を保護するなどの機能もあります。

このような監視システムを実現するためには、ADC (アナログ-ディジタルコンバータ)で複数相の電圧と電流を監視する必要があります。しかし、さまざまな規格で求められる厳しい要求を満足するとともに力率の低下を計測し最適化するためには、これらのコンバータを同期し、三相(と中性線)を同時にサンプリングする必要があります。個々のコンバータの同期は困難であるため、シングルパッケージの多チャネル対応同時サンプリングADCがベンダーから提供されています。さらに高集積なソリューションが必要な場合、カスタムASICの中に同時サンプリングコンバータを集積化する方法があります。

測定機能—各地の規格と世界的な要件

エネルギー測定の精度については国際規格が数多く存在するため、高度な電力線監視システムの開発や普及は簡単ではありません。最終的に提供されるエネルギー量の計測は、各地の規格や世界的な要件を満足する必要があります。EU (欧州連合)規格のEN 50160、IEC 62053、およびIEC 61850では、送配電システムの監視と使用電力量の測定に使用するマルチチャネルADCシステムに最低精度が定められています。リアルタイム配電監視、障害の検出と保護、動的負荷バランスとの関連でも、電力線監視に求められる精度が上昇しています。たとえばEU規格のIEC 62053クラス0.2では(世界共通規格として採用が広がっています)、定格電流と定格電圧に対して0.2%という高い精度がメータに求められています。力率精度測定では、0.1%以下という位相マッチングが求められます。

この最低精度以外に、さまざまな国際規格や各国規格において、電力線監視と使用電力量測定のシステムで必要とされるサンプリングレートも定められています。AC電源について複数の高次高調波を徹底的に分析することや、瞬間的なスパイクや電圧低下などの高速障害状態を検出することなども求められています。この結果、多くのアプリケーションで、16ksps以上のサンプリングレートでマルチチャネルについて精密な同時測定を行い、最大90dBという広いダイナミックレンジを実現しなければいけない状況となりました。

世界の多くの国がEU規格と似た規格を採用していることから、システムに要求される計測機能の例としてはEU規格を参考にするのがよいと思われます。EN 50160の仕様を表1にまとめています。

表1. EN 50160エネルギー仕様
Supply Voltage Phenomenon Acceptable Limits Measurement Interval Monitor Period Acceptance Percentage (%)
Grid Frequency 49.5Hz to 50.5Hz, 47Hz to 52Hz 10s 1 week 95, 100
Slow Voltage Changes 230V ±10% 10min 1 week 95
Voltage Sags or Dips (≤ 1min) 10 to 1000 times per year (under 85% of nominal) 10ms 1 year 100
Short Interruptions (≤ 3min) 10 to 100 times per year (under 1% of nominal) 10ms 1 year 100
Accidental, Long Interruptions (> 3min) 10 to 50 times per year (under 1% of nominal) 10ms 1 year 100
Temporary Overvoltage (Line-to-Ground) Mostly < 1.5kV 10ms 100
Transient Overvoltages (Line-to-Ground) Mostly < 6kV 100
Voltage Unbalance Mostly 2%, but occasionally 3% 10min 1 week 95
Harmonic Voltages 8% THD 10min 1 week 95

EN 50160では、50Hz/60Hzの場合、25次の高調波電圧までを測定することとなっています。しかし、誘導モータやスイッチング電源ドライブといった非線形負荷の場合、50Hz/60Hzでの電圧について127次の高調波電圧まで測定しなければなりません。

また、IEC 61850などの新しい規格では、電力システムの過渡イベントをACサイクル当り256サンプル以上で記録することが推奨されていることも注目すべき点です。

送配電網監視アプリケーションの例

世界の標準として、三相電力が「Y結線」で配電されています。この「Y」というのは、1サイクルの1/3 (120度)ずつ位相がずれた状態で3つの電圧を供給することを示しています。不平衡負荷に対応するために、多くの場合、4本目の中性線も備えています。3つの相にかかる負荷が等しければ、システム全体が平衡となり、中性線には電流が流れません。送配電網監視の代表的な例を図1に示します。この方法では、各相の電力(電圧および電流)を電流トランス(CT)と電圧トランス(配電分野ではポテンシャルトランス(PT)と呼ばれる)を用いて測定します。つまり、システム全体は4つのペアで構成されます(3つの相に1ペアずつ+中性線用1ペア)。

図1. 同時サンプリングADCを利用した送配電網監視アプリケーション
図1. 同時サンプリングADCを利用した送配電網監視アプリケーション

図1からわかるように、ADCは三相と中性線の電圧と電流を同時に測定する必要があります。サンプリングしてディジタル化したデータを処理すれば、有効電力、無効電力、皮相電力、力率を求め、ライン負荷を動的に調節して力率補正を行い、電力効率を高めることができます。サンプリングしたデータに対してFFT (高速フーリエ変換)を行うと、システムの損失や不要ノイズの影響などの情報を得るとともに、周波数と高調波歪みを測定することができます。

電力監視システムの要件

規格の要件を満足するためには、電力監視装置は、瞬間的な電流値と電圧値を60Hz × 256サンプル、つまり、15,360sps (サンプル/秒)以上のサンプリングレートで測定する必要があります。ADCを選ぶ際には、この要件と最大90dBの高精度が必要である点を考慮します。

電圧測定で必要となるADCのダイナミックレンジは、監視する最大電圧と定格電圧、および電力測定に求められる精度から求めます。たとえば、障害時、一時的な過電圧として1.5kV (1500V)を測定する必要があり、定格電圧が220V、求められる測定精度が0.2%だとすると、電圧測定サブシステム全体のダイナミックレンジは
20log ((1500/220) × 2000) = 83dB
以上でなければなりません。

:計算では、要求設計精度を0.05%と仮定しており、0.2%という一般的な精度よりも厳しい条件としています。この差は、規格へ確実に対応するための設計マージンです。

電流検出の条件によってもADCに要求される仕様が異なります。電力監視の設計要件を一般的な100A:10A (定格10A、最大100A)、クラス0.2 (0.2%)とした場合、電流測定サブシステム全体のダイナミックレンジは
20log ((100/10) × 2000) = 86dB
が必要となります。

このように、最近のADCには高い性能が求められます。86dBというダイナミックレンジを実現するためには、16ksps以上のサンプリングレートを持つ16ビットADCが必要です。三相と中性線によるY結線において電流と電圧を正確に測定するためには、8チャネル(電圧4チャネルと電流4チャネル)を同時にサンプリングする必要があります。電力効率を高めるために力率の測定と補正を行うシステムとするためには、これに加えて電流トランスと電圧トランスによる位相シフト(位相の遅延)を補正する必要があります。

ADCの選択

送配電網の監視アプリケーションに適したADCを選ぶためには、サンプリングレートと規格の要件以外にも注意を払う必要があります。実効入力インピーダンス(ZIN)、信号位相調整、パッケージサイズなども重要な要件です。このようにシステム要件が多いことから、電力線監視システムやマルチチャネルSCADA (監視回路制御およびデータ収集)システムを設計する際、同時サンプリングが可能なマルチチャネル対応高性能ADCの採用が増えています。

送配電網監視アプリケーションで求められる厳しい条件を満足するADCソリューションはいくつも存在します。一般的なのは、最大250kspsのサンプリングレートに対応した6チャネル、16ビットの同時サンプリングADCです。

複数の企業が、最大で6つの低電力、250ksps SAR (逐次比較)型ADCを集積化したチップを提供しています。マキシムの製品はMAX11046です。これは8つの高精度、低電力、16ビット、250ksps SAR ADCを1つのパッケージに集積した製品で、90dB以上という優れた信号対雑音比を誇ります。

実効入力インピーダン(ZIN)

ZINは、入力キャパシタンスとサンプリング周波数で決まります。
ZIN = 1/(CIN × FSAMPLE)
ただし、FSAMPLEはサンプリング周波数、CIN = 15pFです。

MAX11046のようにZINが高いADCは、電圧測定トランスや電流測定トランスに直接接続することができます。この場合、高精度の計測アンプやバッファを外付けする必要がありません。したがって、システムコスト、基板面積、および消費電力の節約になります。図2は、MAX11046のEV (評価)キットボードを電力線監視トランスに接続した単相監視システムの例です。電力線トランスと同時サンプリングが可能なマルチチャネルデータコンバータとのインタフェースがシンプルで、低コスト、省スペースであることがわかります。三相電力システムの場合は、同じ回路を複数用意し、各相と中性線の測定を行います。

図2. マキシムのMAX11046などマルチチャネル対応同時サンプリングADCを利用することによって、シンプルな設計で高度な電力監視システムを実現することができます。この図は、単相の監視を行うソリューションの例です。
図2. マキシムのMAX11046などマルチチャネル対応同時サンプリングADCを利用することによって、シンプルな設計で高度な電力監視システムを実現することができます。この図は、単相の監視を行うソリューションの例です。

信号位相調整

高い電圧がトランスを通過して低い電圧へと変化するとき、位相シフト(遅延)が発生します。電力管理や電力監視のアプリケーションでは、この遅延が大きな問題となります。対応は、最後にソフトウェアで位相を調整する方法や、最初にADC内で信号の再編を行う方法が考えられます。信号の電圧と電流からひずみを取り除けば、Y結線における真の力率を正確に測定することができます。120度ずつという三相の位相差から外れるということは、電力が失われることを意味します。力率を正確に測定することができれば、力率を補正し、送配電網の効率を指数関数的に改善することができます。

従来、マルチチャネルの16ビット同時サンプリングADCを使用した場合、信号位相調整はADCの出力データに対するディジタル的な後処理として行われていました。マキシムの高精度データコンバータ、MAX11046は、この形で位相の調整を行います。このタイプのADCでは信号の位相調整を行うため、一定のソフトウェアオーバヘッドが継続的に発生することになります。

最新のADCソリューションの中には、入力側で位相調整を行うものがあります。調整範囲は0から333µs、遅延はチャネルごとに1.33µsステップで独立して設定可能です。この方法では、前述のソフトウェアオーバヘッドが発生しません。そのようなデバイスの1つが24ビット4チャネルシグマデルタADCのMAX11040Kです。MAX11040Kは入力側位相調整機能のほか、カスケード機能を内蔵しており、最大で32チャネルについて高精度の同時サンプリングを行うことができます。各チャネルはサンプリング位相が可変となっており、外部のトランスあるいはフィルタによって入力に発生する位相シフトを補償することができます。アクティブローのSYNC入力も備えており、リモートのタイミングソースを使い、最大で8つのデバイスについて変換タイミングを定期的に同期させることができます。

小型パッケージ

多くの送配電網監視アプリケーションでは、一般に物理的サイズが問題になります。配電所を中心に複数の多相電力供給ラインを監視しなければならないことが多いからです。ADCが占める基板面積を1チャネル換算で比較すると、ソリューションによって大きく異なります。MAX11040Kによるソリューションは1チャネル当り15.9mm²の面積しかありません。これは、他社のソリューションが占める面積の半分以下です。

このADCは集積密度が高いため、1枚のPCBに多くのチャネルを搭載することができます。これが計測システム全体の小型化、低消費電力化、コスト削減をもたらします。

過電圧保護

実用的なシステムを設計する場合、過負荷などのライン妨害でシステムに不具合が発生しないようにする必要があります。MAX11040Kが属するファミリの製品には過電圧保護(ESD保護と同様の保護回路)機能を備えており、6V設定のクランプダイオードと内蔵ロジック回路によって、高電圧を検出すると障害ビットを設定します。ADCベンダーは各社それぞれの方法で保護機能を実現していますが、ダイオードを外付けする方法が一般的です。

ADCを使った保護システムの主な機能は、送配電網のショートやオープンの検出です。検出は、ADCから出力されるデータを監視して行います。どういう条件のときリレーをトリップさせるのかは複雑な問題であり、監視システムベンダーごとに独自のやり方が開発されています。いずれにせよ、障害と間違えてトリップすることは、障害時にトリップしないのと同じくらい大きな問題だと言えます。

まとめ

世界的な電力需要の高まりを受け、「スマートグリッド」と呼ばれる配電インフラストラクチャへの投資が急拡大しています。電源監視、動的負荷バランス、保護、および使用電力量測定の機能を統合し、高度な電力線監視システムとすれば、電力会社(および顧客)は電力を効率的に監視、提供、消費、制御することができます。

送配電網監視システムの開発と普及を困難にしているのが、異なる規格や規制の存在です。EN 50160、IEC 62053、およびIEC 61850などの規格は仕様が厳しく、高精度のエネルギー計測、最低精度、リアルタイム配電監視に必要なサンプリングレート、障害の検出と保護、動的負荷バランスなどが定められています。これらの規格があるため、ADCは、最新のマルチチャネルADCシステムで使用可能なものと使用可能でないものにはっきりと分かれます。なお、ADCを選ぶ際には、実効入力インピーダンス(ZIN)、信号位相調整、および小型パッケージサイズなども重要になります。

最近は、三相(+中性線)の監視システムや計測システムに最適な高性能同時サンプリングADCが存在します。高密度設計とし、トータルのシステムコストと基板面積を削減しつつ高性能を実現するためには、このようなデバイスが最適です。