アプリケーションノート 4026

熱電対における冷接点補償の実装


要約: 熱電対は、その頑強性、再現性、および高速な応答時間ゆえに、最も幅広く使用されている温度測定デバイスの1つです。このアプリケーションノートでは、基準(冷)接点の定義と機能を含む、熱電対の基本的な動作について検討します。また、アプリケーションのニーズに基づく冷接点温度測定用デバイス選択のガイドラインも提示します。3種類の回路例を示します。

はじめに

温度測定アプリケーションで利用可能な数多くの変換器の中で、最も一般的なものの1つが熱電対です。熱電対は自動車や家電などの日常的なシステムに使用されています。測温抵抗体(resistance temperature device:RTD)、サーミスタ、温度センサ集積回路(IC)のような他の一般的なソリューションよりもはるかに広い温度範囲を測定するための、コスト効率に優れた方法を提供します。さらに、頑強性、再現性、および高速な応答時間を持つ熱電対は、多くの環境において一般的な選択肢となっています。

しかし、熱電対の使用には不利な点もあり、特に顕著なのが直線性の欠如です。熱電対はRTDや温度センサICよりも広い温度範囲で使用可能ですが、直線性ははるかに低くなります。また、RTDや温度センサICは一般に、より優れた感度と精度という、より正確なアプリケーションにとって望ましい2つの特性を提供します。熱電対の信号は非常に低レベルであり、多くの場合、信号を処理するために増幅や高分解能のデータ変換器が必要になります。

上記のような不利な点があるにもかかわらず、全体的コスト、使いやすさ、および幅広い温度範囲ゆえに、依然として熱電対は広く使用されています。

熱電対の基礎

熱電対は差分型の温度測定デバイスであり、異なる金属で作られた2本の導線で構成されます。一方の導線は正極に指定され、他方は負極になります。表1に、最も一般的な4つのタイプの熱電対、使用される金属または合金、および各タイプに許容される温度範囲の一覧を示します。各タイプの熱電対は、指定された温度範囲において固有の熱電特性を提供します。

表1. 基本的な熱電対の特性
Type Positive Metal/Alloy Negative Metal/Alloy Temperature Range (°C)
T Copper Constantan -200 to +350
J Iron Constantan 0 to +750
K Chromel Alumel -200 to +1250
E Chromel Constantan -200 to +900

図1aのように、2つの異種金属を接合(すなわち溶接または半田付け)して2つの接点を形成すると、ループによって生成される電圧は2つの接点の間の温度差の関数になります。この現象はゼーベック効果として知られており、一般的には熱エネルギーが電気エネルギーに変換されるプロセスとして説明されます。ゼーベック効果はペルチェ効果の反対に相当します。ペルチェ効果では、熱電クーラーなどのアプリケーションに見られるように、電気エネルギーが熱エネルギーに変換されます。図1aは、出力電圧の測定値(VOUT)が測温(熱)接点の電圧と基準(冷)接点の電圧の差であることを示しています。VHとVCは2つの接点間の温度差によって生じるため、VOUTもこの温度差の関数になります。電圧の差と温度差の関係を示す倍率αを、ゼーベック係数と呼びます。

Figure 1a. The loop voltage generated by the temperature difference between two junctions in the thermocouple is the result of the Seebeck effect.
図1a. 熱電対の2つの接点間の温度差によって生成されるループ電圧は、ゼーベック効果に起因します。

Figure 1b. The most common thermocouple configuration has the two wires of a thermocouple joined at one end. The open end of each wire is connected to an isothermic connector made of copper.
図1b. 最も一般的な熱電対の構成では、熱電対の2本の導線が一方の端で接合されます。各導線のオープン端は、銅でできた等温コネクタに接続されます。

図1bは、熱電対アプリケーションで最も一般的に使用されている構成を示しています。この構成では、第3の金属(中間金属とも呼ばれます)がループに導入され、接点が2つ追加されます。この例では、各導線のオープン端が、銅でできた導線ないし配線と電気的に接続されています。これらの接続によって、追加の接点が2つシステム内に導入されることになります。この2つの接点が等しい温度である限り、中間金属(銅)は出力電圧に影響を与えません。この構成によって、独立した基準接点なしで熱電対を使用することが可能になります。VOUTは依然として熱接点と冷接点の温度差の関数であり、ゼーベック係数で関連付けられます。しかし、熱電対は温度を差分で測定するため、熱接点で測定された実際の温度を判断するためには、冷接点温度が既知である必要があります。

最も単純なケースは、冷接点が0℃の場合、別名アイスバス基準のときに生じます。TC = 0℃なら、VOUT = VHです。この場合、熱接点で測定される電圧は、その接点における実際の温度がそのまま変換されたものに相当します。様々なタイプの熱電対について、熱電対の電圧と温度の関係を示す特性データを収録した検索表が、米商務省標準局(NBS)から提供されています。そのデータはすべて、冷接点温度0℃がベースになっています。アイスバス基準の場合、該当する表の中からVHを探すことによって、熱接点の温度を決定することができます。

熱電対が使われ始めた当時は、アイスバス基準が熱電対アプリケーションにおける標準の役割を果たしていました。しかし今日では、アイスバスを実装するのはほとんどの状況で非現実的です。したがって、実際の熱接点温度を判定するためには、冷接点が0℃でないときにこの接点の温度を知る必要があります。また、熱電対の出力電圧に対して、非ゼロの冷接点温度によって生じる電圧を考慮した補償が必要になります。このプロセスを、冷接点補償と呼びます。

冷接点温度測定用デバイスの選択

前述のように、冷接点補償を実装するためには、冷接点の温度を判定する必要があります。この計算は、任意の種類の温度測定デバイスを用いて達成することができます。特に一般的なデバイスとして、温度センサIC、サーミスタ、およびRTDがあります。それぞれの種類のデバイスに、他の種類と比較して有利な点と不利な点があるため、特定のアプリケーションの要件によって、どの種類を使用すべきかが決まります。

極限の精度を要求するアプリケーションの場合は、較正済みのプラチナRTDが、最も広い温度範囲にわたって最高の性能を提供します。しかしこの高性能には、高いコストが伴います。

そこまで高い精度を要求されないアプリケーションの場合には、サーミスタとシリコン温度センサICが、優れたコスト効率でRTDの代わりになります。サーミスタは、シリコンICよりも広い温度範囲にわたって動作します。にも関わらず、直線性という面で、温度センサICの方がサーミスタよりも望ましい場合が多くなっています。サーミスタの非直線性を補正しようとすると、システムのマイクロコントローラに過度の作業が要求される可能性があるためです。温度センサICは優れた直線性を提供しますが、動作温度範囲は狭くなります。

まとめると、冷接点温度測定用デバイスは、システムの要件に応じて選択しなければなりません。どのような温度測定アプリケーションの場合でも、精度、温度範囲、コスト、および直線性のすべてが、選択過程における重要な検討事項になります。それぞれの要件を慎重に比較して、コストと性能の最適な組み合わせを選択する必要があります。

数値演算

冷接点補償の方法が確定したら、補償された出力電圧を、それに対応する温度に変換しなければなりません。単純な「変換」方法としては、NBSが提供している検索表を使用します。ソフトウェアで検索表を実装するには格納のためのメモリが必要になりますが、連続して測定を繰り返す場合には、表を使うことで迅速かつ正確なソリューションが提供されます。熱電対の電圧を温度に変換するその他の方法として、1) 多項係数を使用した直線近似と、2) 熱電対の出力信号のアナログ直線化の2つがありますが、これらは検索表よりも多少複雑な作業を必要とします。

ソフトウェア直線近似は、あらかじめ決定済みの多項係数以外に記憶域を必要としない点で人気があります。しかしこの方法には、多次元多項式を解くために処理時間がかかるという欠点があります。高次の多項式ほど処理時間が増大しますが、一般に対象とする温度範囲が広いほど高次の多項式が必要になります。高次の多項式が要求される温度の場合、直線近似よりも検索表の方がより正確かつ効率的である可能性があります。

現代的ソフトウェアの時代が来る前は、測定した電圧を温度に変換するために(手作業で検索表から探し出す方法に加えて)アナログ直線化が広く使用されていました。このハードウェアベースの手法では、アナログ回路を使って熱電対の応答の非直線性を補正します。その精度は、使用する補正近似の次数に依存します。この手法は、熱電対信号に対応したマルチメータで現在も広く使用されています。

アプリケーション回路

以下の例は、シリコン温度センサICを使用した3種類の冷接点補償の手法を示しています。3つの回路は、狭い冷接点温度範囲(0℃~+70℃と-40℃~+85℃)と数度以内の精度しか要求されないアプリケーション向けの、簡単なソリューションに対象を絞ったものです。回路1では、冷接点の近くにローカル温度センサICを配置して、冷接点の温度を判定しています。回路2には、リモートダイオード温度センサが含まれており、熱電対コネクタ上に直接取り付けた、ダイオード接続されたトランジスタから信号が供給されます。回路3には、冷接点補償を内蔵したアナログ/ディジタルコンバータ(ADC)が含まれています。3つの例すべてにおいて、クロメルとアルメルで構成されたKタイプ熱電対を使用しています。

例1
図2に示す回路では、16ビットのシグマデルタADCが低レベルな熱電対の電圧を16ビットのシリアルディジタル出力に変換します。内蔵されたプログラマブル利得アンプでADCの分解能を増大させていますが、低レベルな熱電対の信号を扱うためには多くの場合この処理が必要になります。熱電対コネクタのすぐ近くに位置する温度センサICが、冷接点近傍の温度を測定します。この手法は、ICの温度が冷接点の温度にほぼ等しいという前提に基づいています。冷接点温度センサからの出力電圧は、ADCのチャネル2によって変換されます。温度センサに2.56Vのリファレンスが内蔵されているため、独立したリファレンス用ICは必要ありません。

Figure 2. A local temperature-sensing IC (MAX6610) determines the cold-junction temperature. The temperature-sensing IC is located near the thermocouple connector (cold junction). The output voltages  for the thermocouple and the cold-junction temperature sensor are converted by a 16-bit ADC (MX7705).
図2. ローカル温度センサIC (MAX6610)で冷接点温度を判定します。温度センサICは、熱電対コネクタ(冷接点)の近くに配置します。熱電対と冷接点温度センサの出力電圧を、16ビット ADC (MX7705)で変換します。

バイポーラモードでの動作時、ADCはチャネル1に印加される正レベルと負レベルの熱電対電圧を変換することができます。ADCのチャネル2は、MAX6610のシングルエンドの電圧出力をマイクロコントローラで処理可能なディジタル信号に変換します。温度センサICの電圧出力は、冷接点温度の測定値に比例します。

実際の熱接点温度を判定するためには、まず最初に冷接点温度を決定しなければなりません。次に、NBSが提供しているKタイプ熱電対の検索表を使用して、冷接点温度をそれに対応する熱電電圧に変換します。PGAの利得を補正した後、ディジタル化された熱電対の読み値にこの電圧を加算します。そして再び検索表を使用して、合計値を温度に変換します。その結果が、熱接点における実際の温度になります。表2は、炉の中で冷接点の温度を-40℃から+85℃まで変化させ、別の炉で熱接点を+100℃に保ったときの測定結果を示しています。測定結果の正確さは、ローカル温度センサICと炉の温度の正確さに大きく依存します。

表2. 図2の回路の冷接点と熱接点を個別の炉に入れて測定した結果の例
  Cold-Junction
Temperature
(°C)
Measured Hot-Junction
Temperature*
(°C)
Measurement #1   -39.9 +101.4
Measurement #2   0.0 +101.5
Measurement #3   +25.2 +100.2
Measurement #4   +85.0 +99.0
*「熱接点温度測定値」の列に記載された値は、同回路による熱接点温度の測定値に補償をかけたものです。

例2
図3では、リモートダイオード温度センサICで回路の冷接点温度を測定しています。ローカル温度センサICとは違い、リモートダイオード温度センサはダイオード接続された外付けのNPNトランジスタを使って冷接点温度を測定するため、冷接点の近くに配置する必要はありません。このトランジスタは、熱電対コネクタの銅製リテーナクリップに直接装着されています。温度センサICが、このダイオード接続されたトランジスタからの信号をディジタル出力に変換します。

ADCのチャネル1は、熱電対の電圧をディジタル出力に変換します。ADCのチャネル2は未使用であり、グランドに接続されています。ADCの基準入力は、安定した2.5VリファレンスICによって供給されます。

Figure 3. A remote-diode temperature-sensor IC need not be near the cold junction, since it uses an external diode to sense the temperature. This diode can be mounted directly on the optional retainer clip of the thermocouple connector. The MAX6002 provides a stable 2.5V reference voltage for the ADC.
図3. リモートダイオード温度センサICは、外部のダイオードを使用して温度を検知するため、冷接点の近くにある必要はありません。このダイオードは、オプションの熱電対コネクタ用リテーナクリップ上に直接装着することができます。MAX6002は、安定した2.5Vの基準電圧をADCに供給します。

表3は、炉の中で冷接点温度を-40℃から+85℃まで変化させ、別の炉で熱接点温度を+100℃に保ったときの測定結果を示しています。測定結果の正確さは、リモートダイオード温度センサICと炉の温度の正確さに依存します。

表3. 図3の回路の冷接点と熱接点を個別の炉に入れて測定した結果の例
  Cold-Junction
Temperature
(°C)
Measured Hot-Junction
Temperature*
(°C)
Measurement #1   -39.8 +99.1
Measurement #2   -0.3 +98.4
Measurement #3   +25.0 +99.7
Measurement #4   +85.1 +101.5
*「熱接点温度測定値」の列に記載された値は、同回路による熱接点温度の測定値に補償をかけたものです。

例3
図4には、12ビット ADCと温度センサダイオードを組み合わせたICが含まれています。温度センサダイオードは、周囲温度を電圧に変換します。同ICは、この電圧と熱電対の電圧を読み取って、補償済みの熱接点温度を計算します。ディジタル出力は、熱電対によって測定された熱接点温度に補償をかけたものになります。このデバイスの温度誤差は、熱接点温度が0℃~+700℃のとき±9LSB以内であることが保証されています。このデバイスは幅広い熱接点温度を測定することが可能ですが、0℃以下の温度を測定することはできません。

Figure 4. An ADC with integrated cold-junction compensation converts the thermocouple voltage without the need for external compensation.
図4. 冷接点補償を内蔵したADCが、外部的な補償を必要とせずに熱電対の電圧を変換します。

表4は、図4の回路の冷接点温度を0℃から+70℃まで変化させ、熱接点を+100℃に保ったときの測定結果を示しています。

表4. 図4の回路の冷接点と熱接点を個別の炉に入れて測定した結果の例
  Cold-Junction
Temperature
(°C)
Measured Hot-Junction
Temperature*
(°C)
Measurement #1   0.0 +100.25
Measurement #2   +25.2 +100.25
Measurement #3   +50.1 +101.0
Measurement #4   +70.0 +101.25
*「熱接点温度測定値」の列に記載された値は、回路から供給されるディジタル出力を10進で表したものです。

結論

熱電対は差分型の温度測定デバイスであるため、熱電対の使用に当たっては基準点を確立する必要があります。熱電対が提供する電圧は、熱接点と冷接点の間の温度差を表しています。冷接点の温度と、冷接点温度に対する熱接点の相対温度の両方が分かれば、実際の熱接点温度を判定することができます。

適切な冷接点補償デバイスを選択する際の主な基準は、精度、コスト、直線性、および温度範囲です。一部のプラチナRTDは最高の精度を提供しますが、高コストです。サーミスタは安価であり、幅広い温度範囲で動作しますが、直線性の欠如が問題になる場合があります。シリコン温度センサICは、動作温度範囲は狭いものの、適度な精度、直線性、および低コスト性を提供し、多くの熱電対冷接点補償アプリケーションにとって適切な選択肢となっています。

同様の記事が2005年3月にECNのWebサイトで発表されています。