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1898年のカーバッテリー充電

2020年4月28日

Jim Harrison 筆者:Jim Harrison
ゲストブロガー、Lincoln Technology Communications


電気自動車誕生の物語は、1800年代中頃~後半における実に驚くべき発明の集合の物語でもあります。本当に急速な変化の時代でした。

1898年の夏、フィラデルフィアに住んでいたとします。とても良い天気で、あなたは素晴らしい新型の電気自動車を買ったばかりです。この車は最高です。静かで、他の車のように辺り一面に煙をはき出したりしません。始動も制御も容易です。さらに、非常に高速で時速27km (17マイル)も出ます。

図1. American Electric Vehicle Co.のロードバギー、イリノイ州シカゴ、1896~1898年。(画像出典:Wikipedia、パブリックドメイン)図1. American Electric Vehicle Co.のロードバギー、イリノイ州シカゴ、1896~1898年。(画像出典:Wikipedia、パブリックドメイン)

いいでしょう。問題は、ロードバギーのバッテリをどのように充電するかです。

私たちはどのようにして最初のバッテリに到達したか?

ここで少し詳しい背景の説明が必要になります。もちろん、1745年にイタリアのコモで生まれたアレッサンドロ・ボルタがすべての始まりでした。彼は1774年にコモ王立学院の物理学教授に就任し、1800年にボルタ電堆を発明しました。ボルタは、塩水に浸した布を間に挟んだ銅と亜鉛の円板を積み重ねました。ボルタ電池は1次電池で、その金属板は長時間持続しませんでした。

しかし、ボルタの装置(電池)によって、電気の時代の幕開けが可能になったのです。

1802年に、ウィリアム・クルックシャンクは桶の中に銅と亜鉛の薄板を入れ塩水を電解質として使用する、改良された電池を設計しました。やはり、それは時間が経つと廃棄される1次電池でした。しかし、それによってイタリア、他の欧州各国、および米国の実験家たちが新しい電磁的特性を発見することが可能になりました。

より良い電池とマグネトー/ダイナモ

1831年、マイケル・ファラデー(1791~1867年)は、銅の円盤を強力な磁界の中で回転させると一定の電気の流れを提供することができることを実証しました。これが発電機です。

1836年、英国の化学者ジョン・フレデリック・ダニエルは、ガラス瓶の底の銅板、硫酸銅溶液、亜鉛板、および硫酸亜鉛溶液による電池を発明しました。ダニエル電池は、発電が利用可能になるまでの間、呼び鈴、電信、電話に給電するための一般的な方法でした。

1859年、非常に重要な出来事が起きました。フランスの物理学者ガストン・プランテが、初めての実用的な充電式電池を発明したのです。これは鉛蓄電池でした。1881年、彼と同じフランス人のカミーユ・フォーレは鉛蓄電池の電極を改良し、現在も自動車で使用されている基本設計に到達しました。ある記録によると、体積エネルギー密度は80~90Wh/Lで、重量エネルギー密度は35~40Wh/kgでした。充電式電池は、当時しばしば蓄電池と呼ばれていました。

1850年に基本的な鉛蓄電池を発明したのはドイツ人の医師であり物理学者のヴィルヘルム・ヨーゼフ・ジンシュテーデンですが、それは実用的な装置ではありませんでした。

図2. フランス人の物理学者レイモン・ガストン・プランテは、1859年に蓄電池、または充電式ストレージバッテリを発明しました。(画像出典:Wikipedia、パブリックドメイン)図2. フランス人の物理学者レイモン・ガストン・プランテは、1859年に蓄電池、または充電式ストレージバッテリを発明しました。(画像出典:Wikipedia、パブリックドメイン)

その後しばらくして、科学者たちはプランテの電池を広く世に知らしめました。家屋や納屋の上に風車を設置したいと思う人は誰でも、この充電式蓄電池を使って、夜間の住まいの照明、洗濯と調理のための熱と温水の供給、ミシンの駆動などができるようになり、馬なしで街中を走り回る「電気馬車の運用」が可能になると考えられました。

電気自動車は、1次電池では決して実用的にならなかったでしょう。この充電式バッテリがあれば、新しい着想が可能になります。しかし、明らかに、それを充電する方法が必要でした。

すでに1832年には、フランスの計器開発者ヒポライト・ピクシーが、ファラデーの原理を使って最初のDCダイナモ、または発電機を作りました。この装置は手回しクランクを使って永久磁石を回転させ、通過するたびに小さい交流のパルスを生成するものでした。パルスを直流に変換するために、ピクシーは整流子を開発しました。ピクシーダイナモは特許を取得しましたが、生成されるのは非常に限られた電力だったため、実験および玩具用に使用されました。

その当時、他に2つの重要な業績がありました。1837年に、アメリカ人の発明家トーマス・ダベンポートは電気モーターに関する初の特許を取得しました。1840年ごろ、アメリカ人トルーマン・クックは永久磁石電機子を備えた電気モーターを作りました。

ベルギーの研究者ゼノブ・テオフィル・グラムは、1857年に当時知られていたダイナモよりスムーズではるかに高い電圧を生成可能なDCダイナモを考案しました。1873年、グラムのダイナモはオーストリアのウィーン万国博覧会に出展されました。それは産業用の事業規模で電力を生成する初めての発電機でした。まだ整流の手段がなく、バッテリはDCを必要とするため、これらがDCダイナモだったという事実は非常に重要です。ピーター・クーパー・ヒューイットが水銀整流器を発明するのは、1902年のことです。

1861年ごろ、英国の科学者ジェームズ・クラーク・マックスウェルは、電磁気の知識を4つの主要な方程式にまとめ、あらゆる種類の電磁機器の大幅な進歩が可能になりました。

ヴェルナー・フォン・ジーメンスは、1866年に自励式発電機を発明しました。これは、非効率的な鉄の磁石の代わりに強力な電磁石を使用し、その残留磁気によって作動させることができるダイナモです。これはAC機器でした。トリノ(イタリア)のガリレオ・フェラリスは、AC電力システムに関する偉大な陰の英雄です。彼は最初の整流器なしのACモーター(誘導モーター)を製作しました。これらの2つの発明は、自動車には直接関係していませんが、当時の電気システムに不可欠の要素でした。

チャールズ・F・ブラッシュは、1878年に彼の最初の商用発電機およびアーク燈をシンシナティに設置し、1881年末までにブラッシュのアーク燈システムはニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、バルチモア、モントリオール、バッファロー、サンフランシスコ、およびその他の都市の街路を照らしていました。アーク燈は非常に明るく眩しいもので、その放電管は非常に短寿命でした。大規模な工場以外、アーク燈は家庭用にも事業用にも不向きでした。照明システムの発電機部分は、蒸気機関、水力、または風力で駆動されました。

図3. ドラム巻き線電機子とバー整流子を備えたジーメンスの自励式発電機の初期タイプ(1873年)。(画像出典:Wellcome Collection、表示4.0国際(CC by 4.0)、creativecommons.org)図3. ドラム巻き線電機子とバー整流子を備えたジーメンスの自励式発電機の初期タイプ(1873年)。(画像出典:Wellcome Collection、表示4.0国際(CC by 4.0)、creativecommons.org)

1879年、幾多の実験の後に、トーマス・エジソンは白熱電球の発明者としての栄誉を手にしました。この電球は焼き切れることなく約40時間にわたって使用可能でした。次の世代には、彼の電球は1,200時間にわたって使用可能になりました。1840年以降、非常に多くの人々が電球の実験をしてきましたが、利用可能な電力源が限られ、十分な真空を作り出すことができませんでした。

バッテリと発電機は完成-あとは自動車が必要

1885~1903年の間の革新のペースは実に目覚ましいものでした。米国初の中央発電所は、1882年9月に操業を開始したエジソンのパールストリート発電所(ニューヨーク)でした。この発電所は、110V DCを近隣の85の事業顧客に供給しました。その6基の発電機は、毎分700回転で175馬力を提供する石炭火力の蒸気機関によって駆動されました。わずか5年後の1891年には、米国内で1,300以上の中央発電所が操業し、300万個のエジソン電球を照らす容量を備えました。発電所の数は、1902年には3,620以上へと増加しました。

図4. ウィリアム・モリソンの最初の電気自動車、アイオワ州デモイン、1890年。(画像出典:Wikipedia、パブリックドメイン)図4. ウィリアム・モリソンの最初の電気自動車、アイオワ州デモイン、1890年。(画像出典:Wikipedia、パブリックドメイン)

1890年に、スコットランド生まれでアイオワ州デモインに住んでいた化学者のウィリアム・モリソンは、5番街のランバード宝石店の地下工房で1887年に作った電気自動車の特許を出願しました。Des Moines Register紙によると、その自動車は1888年に市のパレードに参加したそうです。モリソンは自分の自動車用に充電式バッテリを開発しましたが、それは当時入手可能だった他のどの蓄電池よりも重量単位当りより多いエネルギーを生成するものでした。この自動車のモーターは約4馬力を発生し、自動車の下部に搭載されて後軸に連結されていました。再充電なしで約160km (100マイル)の走行距離が得られました。速度はモーターと直列に抵抗を接続することによって調整しました。

1891年に、モリソンはハロルド・スタージスが経営するAmerican Battery Companyと、モリソンバッテリーの製造および販売促進の契約を結びました。スタージスは、モリソンの電気自動車の1台をデモ機として整備し、1893年にシカゴで開催されたシカゴ万国博覧会に出展して、世界中の多くの科学者から称賛を受けました。

あなたの自動車の充電

それでは、あなたの新しい電気自動車のバッテリの充電に話を戻しましょう。当時は、実際に3つの選択肢がありました。発電機を購入して地下室に設置するのが1つの方法です。発電機は、蒸気機関、水力、または風力で駆動する必要がありました。あるいは、自動車を乗り付けて充電することができる「ステーブル」もありました。図5に示すステーブルの例をご覧ください。ステーブルには4~18基のステーションがあり、今日の電気自動車の「充電スタンド」によく似ていました。また、いくつかの都市のステーブルでは、夜間に自動車を引き取りに来て、翌朝に充電完了状態で返却してくれるというサービスも提供していました。

図5. 1904年ごろに撮影されたこの写真は、電気自動車の充電用のステーブルを示しています。(画像提供:miSci - Museum of Innovation and Science)図5. 1904年ごろに撮影されたこの写真は、電気自動車の充電用のステーブルを示しています。(画像提供:miSci - Museum of Innovation and Science)

最後に、1905年ごろ以降は、家庭に電気を引いていれば、図6のような水銀アーク整流システムを設置することができました。

図6. 電力網から給電されるガレージ充電ステーション。(画像出典:Wikipedia、パブリックドメイン)図6. 電力網から給電されるガレージ充電ステーション。(画像出典:Wikipedia、パブリックドメイン)

他の2つの重要な初期の電気自動車

1894年、フィラデルフィアのヘンリー・G・モリスとペドロ・G・サロムによるElectrobatは、最初の「量産型」電気自動車になりました。改良型の1895年モデルは車重748kgで、290kgのバッテリと2つの1.5馬力モーターで前輪を駆動しました。この自動車は空気圧タイヤを備え、1回の充電当り40kmを時速32kmで走行することができました。

1898年に、ルートヴィッヒ・ローナーはフェルディナント・ポルシェという聡明な23歳の電気技師を雇い、新しい電気自動車を設計させました。彼の3番目の自動車で、1900年に作られたLohner-Porsche Electric Systemは、木製のシャーシとボディを備えていました。前輪ハブのそれぞれに1つの内部磁極モーターが搭載され、出力はモーター当り2.5/3.5馬力で、短時間バースト出力は7馬力でした。この自動車は44セル、80Vの鉛バッテリを使用し、約3時間にわたって動作して、最高時速は45~58kmでした。この自動車の全重量は1,205kgでした。フェルディナントとフェルディナント2世(フェリー)は、第2次世界大戦後に現在のPorsche社を設立することになります。

図7. 前輪に低速電気モーターを備えたローナー・ポルシェの電気自動車。(画像提供:Porsche)図7. 前輪に低速電気モーターを備えたローナー・ポルシェの電気自動車。(画像提供:Porsche)

1899年の米国の国勢調査の記録では、自動車の総生産数の中に、電気自動車が1,575台、蒸気自動車が1,681台、およびガソリンを使用するものが936台含まれていたことが示されています。1900年の米国では、自動車の40%が蒸気機関、38%が電力、22%がガソリンによって動作していました。米国では合計で3万3,842台の電気自動車が登録されていました。

革新のペース

1893年に、ウィリアム・モリソンの最初の電気自動車がシカゴで披露されました。信じがたいことに、1899年には下記のすべての電気自動車メーカーが揃っていたのです。

  • American Electric, 1896, Chicago
  • Anderson Carriage Co., 1884, Port Huron, Michigan
  • Baker, 1898, Cleveland, Ohio
  • Baker & Elberg, 1894, Kansas City, Missouri
  • Barrows Electric, 1895, Willimantic, Connecticut
  • Bersey, 1893, London, U.K.
  • BGS, 1899, France
  • Carpenter, 1895, Denver, Colorado vChapman from Belknap Motor Co., 1899, Portland, Maine
  • Cleveland Machine Screw Co., 1899, Ohio
  • Columbia Motor-Carriage Co., 1896, Hartford, Connecticut
  • Dickson Carriage Works, 1893, Ontario, Canada
  • Electric Carriage and Wagon Co., 1894
  • Erie and Sturges, 1897, Los Angeles, California
  • General Electric Automobile Co., 1899, Philadelphia, Pennsylvania
  • Charles Jeantaud, 1893, Paris
  • Riker Electric Vehicle Company, 1888, Elizabeth Port, New Jersey
  • Jenatzy, 1898, Brussels
  • Krieger, 1894, Paris
  • Lohner, 1898, Vienna, Austria
  • Milde, 1898, Paris
  • Oppermann, 1898, London, U.K.
  • Pieper, 1889, Belgium
  • Pope Manufacturing, 1895, Boston, Massachusetts and Hartford, Connecticut
  • Riker Electric Motor Co., 1888, New York City, New York
  • Roberts of Chicago Steel Screw Co., 1897, Chicago, Illinois
  • W. J. Still, 1893, Toronto, Canada
  • US Electric, 1899, Attleboro, Massachusetts
  • Ward Electrical Car Company, 1888, London, U.K.
  • Waverley, 1898, Indianapolis, Indiana

1895年における革新のペースは、少なくとも自動車技術に関しては、現在と同じくらい速かったのではないかと思います。この点についての皆さんのお考えをお聞かせください。簡単なメモで結構ですので、jharris@lincolneng.comまでメールを頂ければ幸いです。